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最高裁判所第三小法廷 昭和29年(オ)91号 判決 1957年12月03日

上告人 進藤兼政

被上告人 戸嶋雄悦

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人弁護士米沢多助の上告理由は本判決末尾添付の別紙記載のとおりであり、これに対する当裁判所の判断は次のとおりである。

原審は、(一)被上告人の母戸嶋ナヲが昭和二三年一〇月頃から引続いて上告人と情交関係を継続しているうち姙娠し、同二四年八月三一日被上告人を成熟児として分娩したこと、(二)右ナヲが情交関係を結んでいたと主張される男たちのうち、訴外鈴木銀之助は情交関係継続の時期及び血液型からみて被上告人の父であることを否定しなければならず、その他の男たちとナヲとの関係は単なる噂や推測にすぎないものであつて、ナヲが被上告人を姙娠し得べき期間に上告人以外の男と情交した事実は認められないこと、(三)上告人は昭和二四年夏頃人を介してナラの母戸嶋タキヱに対しナヲを妻に迎えたい旨申入れた事実があること、(四)血液型からすると上告人は被上告人の父であり得ること、等を綜合して被上告人の子であると認定したものであることは、原判文上了解に難くない。

而して、右(一)ないし(四)のような事情があれば、他に特段の事由のない限り被上告人は上告人の子であると推認するを妨げないから(当裁判所昭和二九年(オ)八五六号同三一年九月一三日言渡判決及び昭和二九年(オ)九二八号同三二年六月二一日言渡判決参照)、原判決には所論の違法はなく、論旨は理由がない。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 河村又介 裁判官 島保 裁判官 小林俊三 裁判官 垂水克己)

昭和二九年(オ)第九一号

上告人 進藤兼政

被上告人 戸嶋雄悦

上告代理人弁護士米沢多助の上告理由

原判決は大審院の判例と相反する判断を為し以つて証拠の法則を誤つた違法がある。

一、大審院明治四十五年(オ)第八号私生子認知訴訟事件の判決に依れば「甲男ト乙女ト相通シ乙女ヨリ生レタル『子カ』甲男ヲ以テ自己ノ父ナリト『シテ』認知ヲ訴求スルニハ単ニ甲男ト乙女ト情交ヲ通シタルノ事実ヲ証明シタルノミヲ以テ足レリトセズ乙女カ其ノ懐胎当時ニ於テ他ノ男子ト通セサリシ事実関係ヲ乙女ノ操行其ノ他乙女ノ懐胎当時ニ於ケル四囲ノ情況ニ依リテ確『立』シ以テ甲男ト乙女ノ交通カ乙女懐胎ノ唯一ノ原因タリシ事実ニ付キテ裁判所ノ心証ヲ得ルコトヲ要シ事実証拠ニ依リテ乙女カ他ノ男子ニ接セサリシコトノ心証ヲ裁判所ニ起サシムルコトヲ得サリシ原告ハ私生子認知ノ訴ニ於テ敗訴スへキモノトス云々」(大審院民事判決録第十八輯三四三頁)と判示し子の認知訴訟に於て子の母が受胎当時被告と肉体関係があつた事実の立証責任がある許りでなく受胎当時他の男と肉体関係がなかつた事の立証責任を原告たる子の側に於て負担すべきである事を教へている。

蓋し多数の男と関係のある女が姙娠し分娩した場合その女がその子は甲男の子であるとして甲を被告として認知の訴訟を提起し甲男は受胎当時その女との関係あつた事実を認め鑑定の結果血液型が父たる事を否定し得ない事になつたとして甲男と同様の父たることを否定の出来ない血液型を有する他の男が居ないとは保障されないから右の事実丈を以つて甲男の子であるとの認定が出来ないことは当然である。こうした揚合に被告に被告と同様の血液型で受胎当時その男も関係していたという事実の立証が出来ない限り被告が敗訴しなければならないとすれば事の性質上肉体関係の現場を発見することが至難であり仮に発見したとしてもその男の血液型を裁判所に顕出することは困難であるから被告として訴へられた以上自分の子に非ずして敗訴するのは不合理を甘受しなければならないことになる。従つて右の様な場合受胎当時被告より外に関係した男がなかつた事実を裁判所に充分な心証を得させる程度に立証すべき責任は原告に於て負担すべきものであることは理の当然ある。

二、然るに原審は右大審院の判決が示した訴訟法上立証責任の原則を無視し、受胎当時上告人以外に男がなかつたとの情況を推測せしめる被上告人の何等の立証がないに拘わらず上告人のこの点の立証が不充分なりとして上告人に敗訴の判決を言渡した。即ち原判決は「更に控訴人はナヲが右姙娠当時鈴木銀之助と情交関係を結んでいたし、他の男とも関係していたのであるから被控訴人は控訴人の子でない旨抗弁するから案ずるに原審及当審証人鈴木銀之助はナヲと昭和二十三年八、九月頃から十月末頃迄情交関係を結んだ旨証言し又原審証人進藤伝蔵、同白幡保隆、同石井金治、進藤清の証言には右ナヲの素行が悪く鈴木銀之助やその他の男とも情交関係があるような供述部分もあるが、ナヲは右銀之助との情交関係を認めていないし銀之助の証言によると同人がナヲと関係した時期は、昭和二十三年八、九月頃から十月末迄でその後関係を断つたことが認められるから被控訴人を姙娠したのは銀之助と関係した結果とは認められない許りでなく当審に於ける鑑定人村上次男の鑑定の結果(第二回)によると被控訴人はナヲと銀之助との間の子としては否定せらるべき関係にあり又右伝蔵、白幡、石井、清等の証言はいずれも単に噂や推測に過ぎないものであつて、その他控訴人の提出援用にかかる証拠によつてはナヲが被控訴人を姙娠した当時控訴人以外の男と情交したとの事実は認め難いから控訴人の右抗弁は採用出来ない」とし立証責任を上告人に負担せしめた事が明らかであるから原判決は証拠の法則に関する前記判例に反した判断をしている事は明らかである。

三、因に鈴木銀之助の血液型が被上告人の父たる事を否定し得るものであるとの鑑定に対しては大いに疑問はあるが同人が昭和二十四年二月頃被上告人の母が姙娠した事実を知る迄関係していた事、上告人が昭和二十三年十一月二十日頃ナヲの処へ遊びに行つた際同様遊びに来ていた銀之助の為めに棒で殴られ、その後恐怖の余り銀之助が関係を断つて後ナヲが上告人を迎いに来る迄ナヲと情交関係を結ばなかつた事、その後姙娠の事実を知らずに相当期間関係していた事、ナヲの店はその地方で茶屋コ(特殊飲食店の事)と称せられ銀之助も上告人もナヲに対し米や金で淫売の代償を支払つていた事、従つて他にも関係した男が相当居つたと思われる状況に在つた事等の諸事実は第一審及び原審の証拠に依つて明らかになつて居り、受胎当時上告人の関係が中絶しており銀之助やその他の若い者がナヲと関係があるとの疑で昭和二十三年十二月十日頃にも銀之助の為めに殴打暴行された事実も原審の証拠(原審証人児玉勇、同進藤清の証言及び乙第一号証)に顕われているから上告人がこの様な疑問な子の父と認定されることは上告人としては堪へられない苦痛であり、上告人の家庭を破壊する重大事であるから原判決を破毀して更に相当の御裁判を求める次第である。 以上

注――『 』内は、引用の判決録登載の判決文により、補充したものである。――家庭局

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